はけの森美術館

小金井市立はけの森美術館一帯と、国登録有形文化財について

小金井市立はけの森美術館一帯は、洋画家中村研一が、終戦後移り住み、晩年まで過ごした土地で、研一没後、夫人の中村富子氏が建設した美術館(平成16年に市に寄贈、平成18年より現市立はけの森美術館)のほか、中村夫妻の住んでいた旧宅(現附属喫茶棟)、研一と建築家佐藤秀三の二人で相談しながら建てたと伝えられている茶室「花侵庵」が、旧宅の庭であった「美術の森緑地」の中に建っています。
美術の森緑地は国分寺崖線の斜面にある緑地で、旧中村研一宅の庭でした。研一の作品の中にも庭の様子は度々描かれており、当時のままの風情を残している部分もあります。
緑地の中心の池から湧き出る湧水は、東京都の名湧水57選に選ばれています。
一帯は、古くは大岡昇平の小説「武蔵野夫人」の舞台となったと伝えられており、最近ではスタジオジブリの映画「借りぐらしのアリエッティ」のラストシーンの舞台のイメージとなっています。

美術館一帯
美術館一帯
美術館一帯

国登録有形文化財(建造物)旧中村研一邸主屋および茶室「花侵庵」

市立はけの森美術館の庭園である美術の森緑地に建つ2棟の建物「旧中村研一邸主屋」と「旧中村研一邸茶室」(花侵庵)は、平成30年11月16日開催の国の文化審議会文化財分科会の審議・議決を経て、国登録有形文化財に登録するよう文部科学大臣に答申されました。その後、平成31年3月29日付の官報告示により、正式に、小金井市では初めての国の登録有形文化財(建造物)となりました。
国の登録有形文化財(建造物)とは、「活かして守る」をモットーとしており、活用を重んずる文化財とされています。50年を経過した歴史的建造物のうち、一定の評価を得たものを文化財として登録し、届出制というゆるやかな規制を通じて保存がはかられ、地域の資産として活かし、積極的に活用していくことが求められています。

1.中村研一邸主屋(美術館附属喫茶棟musashinoはけの森カフェとして活用)

旧中村研一邸主屋は、建築家佐藤秀三による設計で、敷地のレベル差や植生・湧水などを利用した建物と庭の空間構成が随所にみられ、「はけ」の景観を活かした居住環境として重要な価値をもちます。
佐藤秀三の住宅デザインを特徴づける切妻造の大屋根をもつ外観と「玄関」、「ホール」、「居間客間」などの主要室の室内意匠やアイアンワークなどが良好に保存されており、佐藤秀三の設計手法を随所に示す住宅建築として貴重です。現在は、はけの森美術館附属喫茶棟として活用しています。

カフェ

‐美術館附属喫茶棟「musashinoはけの森カフェ」のご案内-

美術館附属喫茶棟「musashinoはけの森カフェ」は、平成29年3月より麻布十番の和食の名店「可不可」が運営事業者となり、地元のNPO法人「アートフル・アクション」を協力事業者として運営を行っています。
美食家としても有名であった中村研一の好んだ、往時の中村家の家庭料理をイメージしたメニューには、地元小金井産の野菜をふんだんに使っており、本格的なスイーツや、ワイン等も提供しています。
展覧会ごとに、展覧会にちなんだメニューの提供など、美術館と連携、協力した特色ある企画・運営を行い、美術館観覧前後に、一帯のロケーションを楽しみながらゆったりとした時間を過ごす、都会の隠れ家、大人のオアシスを目指しています。

◆営業時間 :10:00~16:30(美術館開館時)11:00~16:30(美術館閉館時)
(いずれもLO16:00)
◆定休日 : 月曜日、年末年始、その他臨時休業あり
メニュー等詳細は、下記ホームページをご覧ください。
http://hakenomori-cafe.net/

2.茶室(花侵庵)

旧主屋とともに、建築家佐藤秀三による設計。旧宅建設時に、それまでの主屋を取り壊した際に出た古材を再利用し、秀三と研一が相談しあって建築したと伝えられています。中村研一の日記には、しばしば「茶碗をみてあそぶ」「終日茶碗をサスり休む」「すなはち喫茶す」などの記述が登場し、気に入りの茶碗を愛で、自身の目に適った茶器で茶を楽しむ様子がうかがえます。
研一が茶を自由に楽しむ理想的な空間として佐藤秀三とともにつくりあげたものがこの茶室「花侵庵」です。

茶室

3.中村研一と佐藤秀三

この2棟の建物は、画家中村研一が、昭和20年(1945)の東京大空襲によって渋谷区代々木の住宅・アトリエを焼失したことで当地に転居し、終戦後しばらくは、前持ち主から譲り受けた既存の住宅で暮らしていましたが、昭和34年(1959)に主屋、翌35年(1960)に茶室を新築したもので、設計は、昭和12年(1937)に代々木の住宅を手掛けた建築家佐藤秀三です。
佐藤秀三は、木造住宅を中心に戦前・戦後に活躍した建築家であり、「洋風数寄屋」と呼ばれるように、日本の伝統木造建築に西洋建築的要素を融合させた独特のデザインで知られます。住友家那須別邸(1937年)、同俣野別邸(1939年、2004年国指定重要文化財、2009年焼失)、渋沢信雄邸(1938年 H17年まで志賀山文庫、現「THE FARMHOUSE」株式会社玉村本店所有)、田中外次邸(1959年)、向井潤吉邸(1962年、現・世田谷美術館分館)、日光プリンスホテル(1976年)などの設計を手掛け、旧中村研一邸の主屋および茶室(花侵庵)も、戦後の代表作のひとつとして位置づけられます。
この、画家中村研一と建築家佐藤秀三とのコラボレーションにより建築された建物であるということは、今回の登録にあたり大きく評価された点です。

国登録にあたり、この2棟の建物の調査をしていただいた東京理科大学の伊藤裕久教授は、調査報告および国登録にかかる所見の中で「小金井市の歴史にとって重要な「はけ」の土地環境を十分に読み込んだ上で設計されたものであり、その建築と庭園を一体として保存し、継承することが重要と考えられる。また、洋風意匠を主体とした主屋と取壊した元主屋の建築部材を用いた独特な数寄屋意匠をもつ茶室の双方に、桟瓦葺・切妻大屋根を架け、通路を挟んで東西に並置させることによって、佐藤秀三らしい和・洋の融合した質の高い住宅建築が実現されている。
したがって、主屋と茶室もまた一体のものとして保存を計りながら、市民のために有効活用していくことが望まれる。」茶室については、「全体的に竣工時の外観および柱・梁などの主要部財が良好に保存されている。主屋と対比・協調させながら、旧主屋の主な古材を巧みに転用した茶室意匠特徴的であり、材質と施工にこだわった建築家・佐藤秀三の手腕をみせる茶室建築として貴重である」と述べています。

中村研一、佐藤秀三の二人は共に生前自らの作品をあまり世間に公表しなかったため、どちらも美術や建築の世界では大変著名であるものの、一般にはあまり知られていません。
しかし、中村研一が平成29年に没後50年となったということも契機となり、中村作品が研究テーマとされることが増えており、一般の家庭に眠っていた作品の発見の連絡等が増えています。
また佐藤秀三についても伊藤教授によると、今後の評価が上がることは確実であるとのことで、建築学会でも研究発表されているところです。


美術の森

武蔵野の面影を残す小金井市は、東京都内でも有数の緑と水に恵まれた街です。
市内の南部を東西にのびる崖は武蔵野台地を古多摩川が削ったなごりで、「はけ」と呼ばれています。崖のところどころから湧き水が流れ、散策に訪れる人の目を楽しませています。
美術館前の「はけの小路」や併設の「美術の森」にある湧水など、周辺では恵まれた自然を充分に満喫できます。

森

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